熊野古道、高野山を巡る旅で、3日目は高野山に行きました。
(最終の4日目は奈良の東大寺、興福寺、二月堂を観覧して、伊勢湾道、新東名を通って帰宅..)
と言っても、高野山を良く理解していた訳ではなく、とりあえず日本の宗教の聖地の一つという理解くらいだったけど、行ってみて、非常に歴史と由緒のある場所で、世界遺産に選ばれているだけの事はあるな、とある種の感銘を受けて帰って来ました。
まず最初に行ってみたのは、「奥の院」という高野山全体の墓地エリアなんだけど、ある意味、ここが高野山で一番神聖な場所とも言えるようで、真言宗を開いた宗祖の空海が祀られていることもあってか、写真撮影も不可になっていました。
本当は、奈良方面から高野山に入るという一般的なルートで観光に来ると、一番手前にある「大門」という、いわゆる正門から高野山のエリアに入って、主要な寺院を順番に参拝して、最後に一番奥にある「奥の院」に参るのが正当な参拝ルートのようだったけど、前日に熊野大社および宿泊した龍神温泉方面から高野山に行ったので、一番奥の「奥の院」に近い場所に車を駐車することになり、奥の院から参拝する事になりました。
駐車場から奥の院の中に入ると、とんでも無いくらい多くの墓地・お墓が、ところ狭しと配置されていて、中には、豊臣家の墓や織田信長の墓などがあったり、それ以外にも極めて多数の戦国武将や有名な大名家などの墓がありました。
そのまま奥の院の本殿?に入って行くとその神聖かつ荘厳な雰囲気に圧倒されました。
↓奥の院の墓地エリアにある、織田信長の墓所
↓豊臣家の墓所
墓地エリアを抜けて、そのまま一番奥の「奥の院」の本殿まで行くと、その神聖かつ荘厳な雰囲気に圧倒されました。裏手に回って、本殿の真裏にある「御廟」という空海が修行した場所があり、そのまま本殿を1周した後に、本殿の地下にある「地下法場」というお坊さんの修行する場所があります。そこも見学は出来たので行ってみましたが、一人の僧侶が、何もお経を唱える事もなく、ずっと祭殿に向かって祈りをささげていました。。
その「地下法場」を出た後に、奥の院の本殿の隣に、「燈籠堂」という奥の院に献上した無数の燈籠が納められていて、見学した際には圧倒されました。。
その後に、高野山の中心である「金剛峯寺」と「壇上伽藍」を参拝しました。
高野山の一番の中心寺院は金剛峯寺だそう。
↓金剛峯寺
↓寺院内の庭園。ここだけは、写真撮影がOK。
↓壇上伽藍
いずれも、非常に歴史を感じさせる建造物で、改めて「高野山」の凄さを体感して帰って来ました。。
そして、色々と見て回っているうちに、昼食を取る時間が無くなって、壇上伽藍のすぐそばにあるファミリーマートによって軽食を買っていたら、同じようにファミマで昼食と取っていた、日本人1人+スペイン人1人+フランス人カップル2人の4人組と一緒になりました。↓
我々夫婦と一緒に写真を撮ってもらいました。。
写真に撮れませんでしたが、この4人とも。服装は下記のような巡礼姿でした。。
日本人の方に、どういうグループなのかを聞いたところ、何と、それぞれが同じ時期(3月~4月)に、四国八十八か所の寺院巡礼(いわゆるお遍路さん)を巡っていて、何度か同じお寺や宿で会ったりして友達になった関係だとの事。
この人は、昨年の12月に仕事を早期退職で辞めて、55歳になる今年の1月から何か新しい事にトライしようと考えているところに、実家が四国にあるらしく、小さい頃に近隣の人がやっていた四国八十八か所巡りをやってみた、という事でした。。
そこで聞いた2つの話が象徴的だったので、ここに書き残しますが、まず、四国八十八か所の寺院を巡って押してもらう御朱印の専用の御朱印帳があって「納経帳」と名前らしいのだが、それを見せてくれたのだけど、なんと、その最初のページ(1番目の前のページ)は、四国の八十八か所霊場の寺院ではなく、最初は高野山 奥の院と決まっているとの話。↓ (現物を見せてもらいました..)
なぜかというと、四国八十八か所で巡る寺院は、弘法大師(空海)にゆかりのある四国内88の霊場寺院を巡る巡礼の旅であり、その成り立ちから、納経帳の最初のページが「高野山 奥の院」になっているとの話でした。
四国八十八か所巡りは、知ってはいたのだけど、さすがにトライしてみようとは思っていなかったけど、今回訪ねた高野山と繋がっているのだという話を聞いて、ちょっと感銘。。
この4人の人達は、約2ヶ月、合計1200㎞の八十八か所の巡礼の旅を終えて、事前に約束して、GWの混雑が終わったこの日に、一緒に高野山の奥の院に参拝して、最後(納経帳1ページ目)の御朱印を貰いに来たのだそう。
そしてもう一つ聞いた話は、次の様な、なかなかに驚きの話でした。。
スペインの北西部に「サンティアゴ大聖堂」という寺院があって、そこにはキリストの12人の弟子の一人である聖人ヤコブの墓があるとの事で、ヨーロッパ各国から、その「サンティアゴ大聖堂」に参拝するキリスト教の巡礼の旅というのが有って、それを「El Camino」と呼ばれているそう。
(Camino de Santiago とも サンティアゴ・デ・コンポステーラ とも呼ばれているらしい)
特に、フランスとスペインの国境を経由して、「サンティアゴ大聖堂」まで歩いて行く巡礼の旅を、この写真の外国人3人が踏破したそうで、その巡礼の終着点「サンティアゴ大聖堂」の近所に「日本にも巡礼の旅がある。四国八十八箇所を巡る1200㎞の巡礼の旅である」という紹介(看板?)がされているのを見て、今回、長期の休みを取って、日本に来て四国八十八か所巡りにトライしたのだそう。
まず、スペインにもその様な巡礼の旅がある事も初めて聞いたけど、そこを巡ってみた後に、四国八十八か所巡礼を知って、それが発端で、日本の巡礼の旅をしようと思った事にビックリ。。
その晩すぐに、「El Camino」について調べてみました。。elとcaminoは、スペイン語でそれぞれ、「the(冠詞)」と「道」の意味らしい。よって、意味としては、「ザ・巡礼道」という意味になるのかな。。
いつぞやは、ぜひ、その「El Camino」を歩いてみたいものです。。
日本の事を、まだまだ知らないと思って、幾つか日本の歴史に関わるような観光地を巡ろうと思って、あちこち行ってますが、世界はもっと広いね。。
余談ですが、この翌日に寄った、奈良 東大寺のエリアにある二月堂も、高台に有って奈良の街が一望出来て、素晴らしかった。。
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