書画の心・文化財の継承

以前、このブログで、高杉晋作の生涯を描いた村上元三の著作を読んだ時の話を載せましたが、

たまたまネットで、その高杉晋作の「面白きこともなき世を面白く、すみなすものはこころなりけり」という辞世の句を簡単な書画として額装したものを売っていたので、思わず買ってしまいました。

家の書斎の机の上に飾って、眺めています。。

こういった物を買うと、すぐにyahooやらは、他に売られている書画をレコメンドしてきます。。

ちょいちょい見ていて、ヤフオクの中でちょっと気に入って入札してみたけど、案の定、入札期限直前で価格がつり上げられて、結局買うのはやめてしまったけど、欲しかったのは、↓と同じ「本来無一物」という掛け軸です。。 

清水寺の元貫主の松本大圓(まつもとだいえん)僧侶が、書かれたものらしい。。

「本来無一物(ほんらいむいちもつ)」とは、以下の意味があるそう。 禅の世界でとても重要な言葉で、人間の心の本質は、もともと何ものにもとらわれていない、純粋で空(くう)であるという教え。 つまり、欲望、執着、悩み、概念、善悪の判断などは、あとから心に付着したものにすぎないものであり、 だからこそ、本来の心に立ち返れば、悩みや苦しみは自然と消えていく、という考えの事を指すらしい。 よって、本来の自分はもっと自由で、余計なものに縛られていない訳だし、悩みは本質ではなく、心に付着したノイズにすぎない、という考えに行き着くらしい。 確かに、この年にもなって来ると、「本来無一物」の意味も分からないではない。これが悟りか....

しかし、最近全く見ていなかったけど、改めて見てみると、ヤフオク一つ取ってみて、こういった古い書画であっても、もの凄い数の出品がされていて驚きます。(ニセモノというか、模写もたくさん売られてますが。。)

この流れで、結局、下記の「白珪尚可磨(はっけいなおみがくべし)」という掛け軸を何とか落札出来ました。。 家内の了解は得ていますが、果たしてどこに飾るべきか。。

「白珪尚可磨」とは、「すでに美しい玉でも、磨けばもっと輝く」 という比喩を通して、「人はどこまでも成長できる」 という教えを示しているらしい。もう少し説明を加えると、「どれほど優れた人でも、油断すれば曇る。」「完璧だと思った瞬間に劣化が始まるし、成長にゴールはない。」「謙虚さこそが成長の源」という事らしい。

ところで、年代ものの書画に興味あり、という話からはまったく逸れてしまうけど、、

少し前に、山梨県の身延山の更に奥にある七面山という山の登山についてのネット記事を見ていたら、すぐ近所の赤沢温泉に「江戸屋旅館」という由緒ある旅館があるという事で、更に下記の旅紀行サイトを読みました。。 ↓

この中で、江戸屋旅館の屋号を書いた看板の写真が載っているのだけど、このフォントと言うか書体が、ちょっとオシャレで良いなと思ったのだけど、何ていう書体・フォントなのか、AIに聞いてみたけど分からずじまい。。


こんな古き良き建物がちゃんと保存(もし後継者が居なくなっても、誰か(日本人)が買ってくれて、メンテしながら永く継承して行ってもらいたいと思いました。。

歳を経るにつれ、古き良き言葉やものを大事にしようと思う気持ちが強まってきている今日この頃でした...






レオンな生き方

愛犬レオンとサッカーをこよなく愛し、たまにパラグライダーで空を飛んでるバブル世代が、趣味や世の中の出来事など好きなことを語ります

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